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2011/12/20

ペルー、チリ旅行13日目(サンティアゴ編)

・ペルー、チリ旅行13日目(2011年11月14日)・・・・サンティアゴ観光、機中泊、日本へ帰国。

旅行最終日のこの日は、夕方の飛行機の時間までサンティアゴの街を観光しました。



サンフランシスコ教会

チリで最も古い教会です。宿泊したプラザ・サンフランシスコホテルの隣にあります。




教会内は外の喧騒が嘘のような静けさでした。

お次は、徒歩でモネダ宮殿へ。




モネダ宮殿

モネダというのはスペイン語で貨幣という意味で、昔は造幣局だったとのこと。現在はチリの大統領府として使用されています。じっとしているお馬さんが可愛かったです。





アウマダ通り

ちょうどジャカランダが満開で、薄紫色の花がとても綺麗でした。街路樹として街のあちこちで見られます。





アルマス広場

左手に見えるのがサンティアゴ大聖堂(カテドラル)です。スペインの旧植民地は、どの都市でも街の中心にアルマス広場があって、その正面にカテドラルを置くという共通の作りをしています。

広場には絵描きさんや大道芸人などがたくさんいて、観光客を楽しませてくれます。




サンティアゴ大聖堂(カテドラル)の教会内







ペルーでもそうでしたけど、どの街のカテドラルも本当に立派で美しいですね~。異国の地でカトリックを布教するぞ、という強い信念と誇示を感じます。




ピクリとも動かない人間銅像のパフォーマーさん。カテドラルの前にいました。これってどう見ても鉱山夫ですよね? チリ鉱山落盤事故も商売にしてしまう逞しさ!

このあとは、地下鉄に乗って新市街(ラスコンデス)のほうにも行ってみました。



チリは南米でも最も治安がよい国で、サンティアゴの地下鉄も安心して利用できます。




アルマス広場駅から5号線に乗り、バケダノ駅で1号線に乗り換えて、トバラバ駅で下車。

新市街にはおしゃれなレストランやブランドショップなどが並んでいます。ここでチリの名産であるラピスラズリのアクセサリーを買おうと思ったんですが、気に入ったものが見つかりませんでした。。。

お次は、ランチをとるためにタクシーで中央市場(メルカドセントラル)に向かいました。



中央市場




市場内にあるレストラン「ドンデ・アウグスト」

観光名所になっているようで、すごい賑わいでした。日本人を見ると、「ウニ~」「タラバガ~ニ~」などと声がかかります(笑)。

それではと、「ウニ」を注文したところ、しばらくして「今日はウニは無い」とのこと。あらら~。

タラバガニは大きすぎて2人で食べきれる量ではなかったので、海鮮の盛り合わせをお願いしました。



パン、ペブレ、レモン、バター



海鮮の盛り合わせ

すべて湯通しされています。レモン汁をかけて頂きましたが、お味は・・・・・・(涙)。ちょっと期待していた分、ガッカリ度はかなりのものでした。

周りを見てみると、海鮮スープを注文していた人が多かったので、同じ物をお願いしました。



ソパ・デ・マリスコス(海鮮スープ)

具だくさんのスープです。魚介の旨味は確かに出ていましたが、味付けがしょっぱすぎて、これまた残念な結果に。。。。


ランチの後は、ホテルに預けていた荷物をピックアップし、そのままサンティアゴ空港へ向かいました。



15:40発のTACA航空(TA54便)にてリマへ。

20:35、リマ到着。

23:55発のアメリカン航空(AA7702便)にてロサンゼルスへ。機中泊。

6:00ロサンゼルス到着。

10:40発アメリカン航空(AA169便)にて成田へ。

15:30、成田に到着。

合計33時間の移動はさすがにキツかったです・・・。


最後に、サンティアゴの感想。

・想像以上の大都会でした。ゴミも落ちてないし、リマよりも断然キレイです。

・美人がすごく多いです。スペイン系、イタリア系の移民が多いからみたいです。

・盆地でスモッグが酷いと聞いていましたが、それほどでもありませんでした。



今回も個人旅行ということで、主人は下準備と情報収集がかなり大変だったようです。でも、その分とても素敵な体験をすることができました。今回の旅行記ではなるべく細かい情報も記載するよう心がけました。これからペルー、チリを個人旅行される方にとって少しでも参考になると嬉しいです。



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2011/12/17

ペルー、チリ旅行12日目(イースター島編3)

・ペルー、チリ旅行12日目(2011年11月13日)・・・・イースター島観光、ホテルプラザサンフランシスコ宿泊

アフ・トンガリキで朝日を鑑賞するため、6:30頃ホテルを出発しました。日の出は7:20ですので、まだ外は真っ暗。イースター島の星空も本当に綺麗でしたよ。

車を走らせてるうちに、東の空がだんだん白ずんできました。

予定通り、7:00に現地到着。そのまま日の出を待ちます。



アフ・トンガリキの日の出1



アフ・トンガリキの日の出2



アフ・トンガリキの日の出3



アフ・トンガリキの日の出4

もう言葉は要らないですよね。至福の光景でした。



この日、アフ・トンガリキの朝日を見に来た観光客はわずか10名足らず。それぞれ一生忘れられない日の出になったことと思います。



後ろを振り返ると、朝日に照らされた「ラノ・ララク」が見えました。ほぼ全てのモアイがこの山から切り出されています。いわば、モアイの生誕地ですね。

一旦ホテルに戻り、朝食とチェックアウトを済ませてから、その「ラノ・ララク」へと向かいました。



9:00、ラノ・ララクのゲートに到着。でもゲートが閉まったままで中に入れません。

他の遺跡とは違って、ラノ・ララクの入場時間は9時から17時までと決まっているんですが、係員の車が来てゲートを開けてくれたのは9:20でした・・。



ラノ・ララクの国立公園管理事務所

入場料は1人60USドル。ゆっくり歩いても1時間程度で見学できることを考えるとかなり高額ですが、その価値は十分あると思います。ちなみに100ドル紙幣と50ドル紙幣は受け付けてもらえませんので、ご注意ください。(偽札が多く出回っているからだと思います。) 



ラノ・ララクには岩山から切り出されて、どこかに運搬される途中のモアイがこんな感じでたくさん並んでいます。島に1000体あるモアイのうち、400体はこのラノララクにあるんですよ。



遊歩道を歩いていると自分がミニチュアになってしまったような気分(笑)



人間と比較すると、モアイの大きさがよくわかると思います。こちらはピロピロという名前のモアイで全長12メートル。(半分は土の中に埋まっているので、見えている部分は6メートルです。)



構図が良いので、イースター島のガイドブックには必ず掲載されている2体。ただ、午前中だと逆光になってしまいます。写真好きな人なら、午前と午後の2回来ても良いと思いますよ。



高台からの景色。海もキレイです。



こちらはまさに制作途中で、岩山から分離していないモアイ。

イースター島では金属が採れないので、石の斧を使ってモアイを削り出していたらしいです。



正座している珍しいモアイ。トゥクトゥリという名前がついています。



どうしてモアイはこんな風に放置されたままになったのでしょうか?

なぜ島の人たちはモアイを作ることを突然やめてしまったのでしょう?

それはモアイを運搬するための木材が無くなってしまったことに原因があるとされています。



かつてイースター島には1万人以上の人々が暮らしていました。巨大なモアイを運搬するために沢山の丸太が必要になり、大量の木を伐採し、森林が消失。その結果、大雨が降るたびに肥沃な土が海に流れてしまい、作物がうまく栽培できなくなり、慢性的な食糧不足に陥ります。食料をめぐって部族間に抗争が起き、最終的には50年以上にもわたるモアイ倒し戦争へと繋がりました。

大きな木が1本もなくなってしまったことにより、モアイを運ぶどころか、家も船も作れなくなります。島民は石器時代のような生活を送ることを余儀なくされました。飢えと戦争が原因で人口も激減することに・・。



この小さな島に起こった繁栄から衰退への歴史は、いまの地球全体にも当てはまるような気がします。

世界の人口は激増し、限りある資源を大量消費し、資源をめぐる争いは現在も絶えません。このまま突き進んだら未来はどうなってしまうのか、このモアイたちから学ぶことは多そうです。

ハンガロア村に戻ってレンタカー屋さんに車を返却しにいったところ、受付のおばさんがサービスで空港まで送ってくれました。



14:05発のLAN航空(LA842便)で、チリの首都・サンティアゴへ。


最後にイースター島の感想をいくつか。

・モアイのおかげで観光客がどんどん来てくれるので、競争がなく、本当にのんびりしています。国立公園の開園時間も守られないなど、南国の島特有の「ユルさ」があります。ただ、治安は非常に良いです。

・かなり小さい島です。2泊3日あれば主要な観光スポットはすべて見て回れます。

・物価はかなり高めです。500mlのミネラルウォーターが1000ペソ(150円)で、韓国製のカップラーメンが2600ペソ(400円)くらいです。東京より高いですね。

・イースター島への飛行機はLAN航空が独占していて、飛行距離のわりにはチケット代がとても高いです。行くことが決まったらすぐに飛行機の予約をすることをお勧めします。4ヶ月以上前だと、通常の半額程度で買うことができます。



20:50、サンティアゴ空港に到着。到着ロビーで10人くらいの男性から一斉に「タクシー?」と声がかかります。みんな必死すぎて目が怖いです。ドライバーさんたちは英語もカタコトですし、夜間ということもあり、空港のタクシーカウンターでタクシーチケットを買いました。空港タクシーですと、空港から旧市街地までは定額で17000ペソ(約2000円)です。

空港からタクシーで30分ほどでホテル・プラザ・サンフランシスコに到着しました。



ホテル・プラザ・サンフランシスコ (到着が夜だったので、翌日の午前中に撮影)

こちらのホテルはサンティアゴの中心地であるアルマス広場まで徒歩10分くらい。観光をするのにはとても便利な立地です。



ロビー





古いですけど豪華な内装で、とても広いお部屋でした。

このホテルの1階にあるレストランはかなり美味しいらしいのですが、既に22時を回っていたため、ルームサービスにしてしまいました。



フィットチーネ ボロネーゼ

茹で加減もちょうど良く、ミートソースも美味しかったです。完食しました!



チキンサラダ

レタスの新鮮さは「?」でしたが、チキンは身がふっくらと香ばしく焼けてました。

ルームサービスの電話口に出た方は、ほとんど英語が通じませんでした。部屋番号を伝えるのも四苦八苦したんですが、注文通りに届いて良かったです。

日本を出発して10日くらい経った頃から2人とも相当に日本食が恋しくなっていました。この長い旅行もいよいよ明日が最終日ですが、楽しい旅行が終わって寂しいという気持ちと、帰国したらレオとも会えるし日本食も食べられるという嬉しい気持ちが入り混じったような感覚だったのを覚えています。



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2011/12/14

ペルー、チリ旅行11日目(イースター島編2)

・ペルー、チリ旅行11日目(2011年11月12日)・・・・イースター島観光、タハタイホテル宿泊

この日はモアイを見に行く前に、朝一番で郵便局へ。



9:05、スクーターに乗った女性職員がちょっと慌てた感じで出勤してきました。9時オープンなのに9時に誰もいないというのは日本では考えられませんが、これもお国柄ということで(笑)。

この郵便局でパスポートにイースター島の記念スタンプを押してもらいました。



女性職員が4種類のスタンプを押してくれます。(1USドル程度のチップが必要です。)



ハンガロア村のメインストリート

イースター島の人口は約4500人で、そのほとんどがハンガロア村に住んでいます。世界的に有名な観光地なので、もう少し栄えているのかと思ってたんですが、かなり素朴な雰囲気ですね。大きなワンコがいたるところにいて、お店の軒先で寝そべっていました。



犬に雑草を食べさせようと一生懸命な兄妹(笑)

微笑ましい光景ですが、耳やシッポを引っ張られたりもして、イヌからすればちょっと災難だったかな。

私「車道に飛び出してきたりしないし、イースター島のワンコって本当にみんなお利口だよね。」

主人「この環境だから、賢い子だけが生き延びられているのかもね。」

・・・たしかにそうなのかも。

このあと、ハンガロア村のすぐそばにある火山「ラノ・カウ」に向かいました。



ラノ・カウの展望台

山といっても標高300メートルですので、車だと10分ほどで登れてしまいます。



火口湖

ラノ・カウの火口は直径1.6キロのカルデラ湖になっていて、湖の水は村の生活用水として利用されています。湖面の大半は葦で覆われてますが、ところどころ見える青い水面がとても神秘的で美しかったです。



左手の岩に「鳥人」のレリーフが描かれてます。かつては各部族の代表者がここから崖を降りていき、1.5キロ離れた奥の小島まで泳いでいって、グンカン鳥の卵を持ち帰る競争が行われていました。優勝者の部族長が鳥人となり、その後1年間、島1番の権力者として君臨したそうです。

お次は、山を降りて、海岸沿いの洞窟に向かいました。



海に面した階段を降りていくと見えてくるのが・・・、



アナ・カイ・タンガタ(食人洞窟)と呼ばれる洞窟です。

怖い話ですが、昔はここで食人の儀式が行われていたらしいですよ。



天井には渡り鳥の絵が描かれていましたが、かなり薄くなっていました。

洞窟を見学した後は、ハンガロア村に戻ってお昼ごはんにしました。



海岸から近い「KUKI VARUA」というレストラン



パンとペブレ

ペブレというのは、トマト、玉ねぎ、コリアンダーなどが入った酢漬けのようなもので、パンに乗せて頂きます。コリアンダーが苦手な私は、あまり好きにはなれませんでした・・・。



シーフードパスタ

サーモン、イカ、アサリなどがたっぷり入ったクリームパスタです。なかなか美味しかったです。



シーザーサラダ

チキンがとても柔らかかったです。あっさりとしたドレッシングだったので、チーズをたっぷり掛けて頂きました。


ランチを頂いた後は、イースター島の北にあるアナケナビーチに向かいました。



アナケナビーチのバーベキュー場

ハンガロア村から20キロ以上離れていますが、村からビーチまでの道はきれいに舗装されているので、30分弱で到着しました。

このビーチを歩くと見えてくるのが、、、、



白い砂浜に立つ「アフ・ナウナウ」です。



近寄ってみると保存状態が非常に良いことがわかります。アフ・ナウナウのモアイは、砂に埋まっていたため、島に1000体あるモアイの中でも最も美しいモアイなんだそうです。



反対側から見るとこんな感じ。4体は赤いプカオ(帽子)を乗せています。



アゴのラインもシャープですし、目、鼻、口も制作当時の形が綺麗に残っていますね。



モアイの手と指です。おヘソもはっきりわかります。

イースター島に現存する最も美しいモアイはこのアフ・ナウナウのモアイですが、世界一美しいモアイはロンドンの大英博物館にあります。チリ政府はイギリスに対して返還を求めているらしいですが・・・。イギリスは、ロゼッタストーンもスフィンクスの髭もパルテノン神殿の彫刻も絶対に返そうとしないので、モアイもたぶん返還されないでしょうね・・・。

お次は、「光のヘソ」と呼ばれるパワースポットへ。アフ・ナウナウから車で5分ほどの場所にがあるのですが、ガイドブックには詳しい場所が書かれておらず、海岸沿いを探し歩いてようやく発見。



テ・ピト・クラ(光のヘソ)

現地語を直訳すると「光のヘソ」ですが、「地球のヘソ」とも呼ばれている球体の石。昔の人は周りの4つの石に座って、直径75センチの真ん中の石に額をつけて、考え事をしたそうです。真ん中の石は磁気を帯びており、方位磁石を置くとグルグル回るそうなんですが、持って来なかったので確認はできませんでした。

このあとは、アフ・トンガリキに向かいました。



いちおう舗装路なんですが、大きな穴がボコボコあいているので、穴をよけながら走っていきます。馬はそこらじゅうにいますよ。



アフ・トンガリキ

こちらのモアイは全て倒れていたのですが、香川県にある「タダノ」というクレーン会社が大型クレーンを無償提供し、さらに1億円以上の資金援助も行って立てたものです。1988年に放送された「世界・ふしぎ発見!」をタダノの社員が見ていたことがきっかけで修復プロジェクトが始まり、15体すべてのモアイが立ったのは1995年だそうです。それ以降、イースター島観光における最大の目玉になっています。



16体目のモアイ。お約束の1枚。(笑)



近くで見ても、遠くから眺めても壮観です。



アフ・トンガリキの近くに立っているこちらのモアイは、大阪のエキスポランドに来たことがあるそうです。





柔らかい夕日に照らされて、ほんのりと赤く染まっていきました。・・なんだかジーンと来てしまいます。

こんなに遠く離れた島で、日本人がモアイを再建したというのは、同じ日本人として純粋に嬉しいし、誇らしく思いました。

このアフ・トンガリキは有名な朝日鑑賞スポットでもあります。翌日は、日の出前に起きて、こちらに戻って来ました。そのときの模様は次回の記事でご紹介します。




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